Vol.1 木村 舞央 さん/ダンサー
しなやかに、軽やかでありながらも、ずっとそこにあった静物を見ているかのような佇まいを湛える木村舞央さんのダンス。そこには自然界の草木、大地や海のひろさなど、有機的なエネルギーすら感じさせる抒情的な余韻がありますが、木村さん自身は踊っている時は無に近い感覚だと言います。そして、何かが萌芽する瞬間のような光を感じる半面で、どこか憂いのある表情や手先の動きが印象深く両立していました。そのコントラストについて、木村さんがいつもレッスンに訪れるダンススタジオで話をうかがいました。
気づいたら近くにあったダンス
木村さんにとってバレエは最初の一歩からとても身近な世界でした。
バレエダンサーをしていたという母の仕事に連れられていつも眺めていたバレエ。
「大人のレッスンも子どものレッスンも、目から入る情報はいつもたくさんあって、自身もバレエを踊ることは必然的でもあったんだと思います」
3歳で自然とその輪に入った木村さんは、小学生の時に見た少し年上のバレリーナの舞台をきっかけにしてさらにバレエにのめりこんでいきます。
「本当にその姿が素晴らしくて、自分でもスイッチが入ったのがわかったんです。 周囲も、目覚めちゃったね!これは。と後押ししてくれました」
ロシアへの留学
多感な年代を母を師として過ごす日々は、当たり前とも言えるかのように違う世界への好奇心や若さ故の葛藤も招きました。
「今ではすっかりそんなことはないんですが、その当時はかなり反抗したりもして」
そして、そんな時決まったのがロシアのバレエ学校への留学という舞台でした。 バレエダンサーという職業が、国家資格であるというロシア。
「マイナス30何度の世界から、4月ぐらいに白夜になってきて、突然にさわやかな感じになって、その時のロシアはとても素敵なんです」
その凍てつく寒さや曇天も、食堂のパンとチーズとお粥の朝食も、木村さんにとっての新しいこれからにつながる光景でありながら、日本を思っては過ごす、成長のための3年間だったと言います。
「ホームシックにもなって、日本から親が送ってくれるテレビ番組を録画したビデオを何回も観たりとかしてましたね」
「できること」が開いた場所
帰国後、そこで受けた刺激をどう自分らしく噛み砕き、バレエを続けていくか迷いの時が続くなか、木村さんを幼いころから知る先輩ダンサーからの「やりたいことではなく、できることをやるのも選択肢」という言葉から、木村さんはテーマパークダンサーとしての新たな扉も開きます。
「私はバレエではないんだ!とショックも受けましたが、その一言をもらった時にすっきりとして、振り付けやダンスをつくることとか、自分のできることに進んでいきたいと思えました」
テーマパークで過ごした6年間はとにかく楽しく、人に喜んでもらえることのうれしさや、さらには同僚としてともに働くダンサーたちとの関係性を生みます。
「それまで、バレエしかしてこなかったので、バレエ以外のダンスには初めて触れました。最初はその何でもできないといけない状況に動揺もしましたが、もう見様見真似で振付師さんや他のダンサーに必死についていくことで習得していく感じだったと思います」
ともに切磋琢磨する日々のなか、木村さんは同僚ダンサーとともに木村さん自身が考えた振り付けで作品をつくることを始めます。
「私こういう作品をつくりたいんだよねと誘って、ダンスイベントとかに作品を出して、それが今思えば初めての本格的な自主制作でした。この経験があったからこそ、つくり出すことに自信も楽しさも感じて、今につながっていると思います」
木村JAZZ
木村さんは30歳になるとき、そのテーマパークダンサーの道を離れます。
「鐘が鳴るってよくみんな言うんですけど、それまで辞めることなんて想像もできなかったのに、きっぱりと辞める決断ができました。そこでレジェンドのようになることはもちろん憧れましたが、私にはほかの道があるような気がしたことも理由です」
現在、自身でダンスや公演をつくり自らも踊る木村さんは、自身のダンスをカテゴライズすることは難しいと言います。逆に、ジャンルに拘り、縛られることなく、その動きの連なりのなかに自分の表現を探っている真っ只中だそう。
「みんなからは、木村JAZZだよね!って言われます。とにかく自由に、と思っています」
ダンスのインスピレーションは、洋楽、邦楽問わず楽曲の持つ雰囲気から湧くことが多いということにも、幼少期に見た少し暗さを帯びた大人びた映画がその根っこにあるのだと思うと控えめに語る姿にも、その表現へと向かう木村さんのまなざしが見てとれます。
「洋服も好きで、その分野にも触れたり、もっとダンス以外の異分野との接触の機会も柔軟に持ちたいと思っています。その違う感覚とダンスとを融合していけたらいいなと思います」
木村さんとダンスの間には、これまでのすべての経験とその感受性が、奥行きある表情と陰影をもたらしていました。
[シルエットの記録]
−くせとしぐさ−
シルエットは、時にその人の佇まいを現します。人を思う時、その輪郭となるのはその人ならではのささやかな動きの残像かもしれません
Q.いつもしてしまうくせはありますか?
「くせとも言えるでしょうか。猫背なうえに、蟹股です。やだなと思う時もありますし、これも自分だなと思う時もあります」
Q.しぐさと聞いてなにが浮かびますか?
「私は緊張すると鼻や頬、顔を掻いているかもしれません。いまだに大きな舞台では緊張しています。
緊張も必要なのかなと思ったりもします」
−憧れ−
Q.憧れはありますか?
「音楽や着るもの、さらには食事を楽しみながらダンスを楽しめる空間というように、
フィールドを越境しながら全体をつくり上げていくことを実現したいです」
Text:『疾駆』編集部 菊竹真依子 Film/Photo:吉森慎之介